突発性難聴

次男が産まれて1ヶ月半が過ぎた。
長男の時よりも比較的安産で、無事に元気に産まれてきてくれた。

母子が入院している間、長男がRSウイルスにかかってしまい、退院後もしばらく離れて暮らすことになった。
この時点で僕はヘトヘトになっていたが、大変なのはこの後であった。
退院直後、妻が突発性難聴で倒れてしまったのである。

 

仕事中、妻のお母さんから「すぐに家に帰って来てほしい」と連絡を受け、急いで帰ると妻がぐったりしていた。
立ち上がることもできない状態だったので、救急車を呼んで退院したばかりの産婦人科に運んでもらい、先生に診てもらった。
(産婦人科の先生にはこの件で大変お世話になり、親身に色々相談にも乗ってくれた)

突発性難聴かもしれない、とのことで近くの大きな病院に運ばれ、救急の検査の後、耳鼻科で診断を受けた。
やはり左耳はほとんど聴力が無く、重度の突発性難聴であることが分かり、ステロイド剤を服用することになった。
妻は相変わらずフラフラしていたので、反対する医者を説得して無理やり入院させてもらった。
(この病院の医師については、もう思い出したくもない。本当に最悪の対応だった。今すぐ医者を辞めてほしいと思っている)

 

突発性難聴の治療は時間との勝負と言われており、対応は早ければ早い方が良いとされている。
発症したのが年末だったのもタイミングが悪く、色んな治療法を試そうにもすぐに連絡が取れない病院が多かった。
年明けからたくさんの病院、クリニック、鍼灸院や整体に通うようになるが、今も大きな改善は見られていない。

ステロイド内服、点滴、鼓室内注射、高圧酸素療法、ブロック注射、
鍼治療、整体、近赤外線治療、光線治療、etc…

妻が今までに行った治療法である。
(この他、デフィブラーゼ(DF)、Rhoキナーゼ阻害薬を検討中)
驚くことに、これらはそれぞれ別々の病院によって治療を受ける必要がある。

各病院によってできる事が限られており、医者の方針もバラバラなので、
必要な治療を自分で選定する必要があるのだ。

今回学んだ事は、決して一つの病院に任せてはいけないということである。
受け身では何も解決しない。自分で調べて、良さそうな病院を探し出して紹介状を書いてもらわなければならない。

 

申し訳ない事に、僕は仕事と長男の世話だけでパンク寸前になり、上に書いたような作業を妻本人に丸投げしていた。
妻は日に日にメンタルを病んでいき、今も限界寸前で通院している。
(難聴は軽症の人も多く、その大変さを理解されない事もある。重度の難聴は耳鳴りが酷く、生活に支障も出るし、まして育児ができる状態ではない)

僕も仕事が忙しい時期で、他の社員にかなりサポートして貰っているが、それでも職場から離れられない。
妻には言えないがストレスで押し潰されそうである。

 

最近は、長男に助けられている。
子供と仲良く遊んでいると、少し気持ちが楽になる。

次男は、産後ケアホテルで面倒を見てもらっている。
1~2週間に1回しか会わないので、知らない間に大きくなっている。
完全ミルクのためか、丸々と太ってきた。

今のところ大きな病気もなく、健やかに育ってくれている。
妻曰く、僕の幼少期に顔が似てきたらしい。

 

早く家族4人で生活できるようになりたいが、まだしばらくは難しそう。
とにかく妻の体調が良くなる事を祈るしかない。